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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8207号 判決 1977年11月29日

被告

溝口金壽

右訴訟代理人

森田昌昭

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

坂本由喜子

外三名

主文

被告は原告に対し、金一二八一万四一〇〇円および右金員に対する昭和五〇年一〇月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1は当事者間に争いがない。

二請求原因2(一)の事実および(三)のうち、大麦広場が小河内貯水池脇の東西約一三〇メートル、南北約六〇メートルの略方形の広場であること、右広場西側に国道(青梅街道)を挾んで存する大麦山は高さ八〇メートルのかなり急勾配の山であり、その国道沿いの山裾には高さ3.9メートルの石垣が積まれていることは当事者間に争いがなく、右事実と前記一の事実および<証拠>を総合すれば、大麦広場はほぼ南北に走る国道(アスフアルト舗装、幅員7.2メートル、通称青梅街道)と小河内貯水池に挾まれた東西約一三〇メートル、南北約六〇メートルの略方形をした広場で、北側部分には藤棚、公衆便所、植込みが設けられ、北西角付近国道には「奥多摩湖」バス停留所もあり、通常一般行楽客の駐車場、休憩所として自由に利用されている場所であること、大麦広場と国道を挾んで存する大麦山は、東京都の水源涵養林として管理されている高さ八〇メートルのかなり急勾配の山で、樹木下草が繁茂し、山膚を見るのも踏み込むのも困難な状態にあり、山裾国道側には落石のあつた事故現場付近で高さ3.9メートルの石垣が積まれていること、大麦山は、従前採石の行われたこともなく(採石は約一キロメートル離れた八方岩で行われた。)、大麦広場側は少くも昭和三八年以後落石(国道への小石の落石を含む。)はなく、付近に落石の危険を告げる警告板等は設置されていなかつたが、大麦広場から南へ約四〇〇メートル離れた箇所では、数回落石の記録があること、なお、昭和四一年七月一〇日から同月一九日までの小河内地区の降雨量は、一二日0.9ミリメートル、一三日9.5ミリメートル、一四日3.8ミリメートル、一七日1.3ミリメートル、一八日5.8ミリメートル、一九日二八ミリメートル程度で一九日を除いてはたいした雨は降つていないこと、本件野外訓練は第一〇一通信技術教育隊長の通達をうけて同隊第三〇二通信教育中隊長一等陸尉布施芳雄の命令により策定実施されたもので、右中隊長は予め同中隊運用訓練幹部松崎二等陸尉に現地調査をさせその報告をもとに大麦広場を訓練場と選定し、野外訓練実施期日の一、二週間前には、野外訓練実施部隊長村上生美二等陸尉を現地に細目の調査のため赴かせていること、村上生美二等陸尉は、命をうけて現地に赴き小河内貯水池管理事務所に大麦広場の借用方の挨拶に行き、大麦広場付近を視察し、付近にある大麦山展望台への山道を二、三〇メートル登り付近の樹林を一瞥したが、特に管理事務所で落石等の注意を受けず、中隊長や松崎二等陸尉から安全管理上の問題はないと言われたり、一週間位前に別の部隊が同所で野外訓練を行い何らの事故もなかつたことから、特に落石の危険につき注意して調査した訳ではないこと、村上生美二等陸尉は、昭和四一年七月一九日隊員六七名を率いて大麦広場に到着したが、当日は雨で大麦広場中央部付近等には水涵りができていたため、本来同所に天幕を展張する予定であつたのを変更し、国道沿いに業務用天幕(4.6メートル4方)二張、個人用天幕約三〇張を展張したこと、亡行男が本件事故当時就寝していた業務用天幕は国道東側(大麦広場寄り)から6.6メートル離れた位置に展張され、亡行男は右天幕の一番東側にいたため、同人の頭部は右道路から9.3メートル離れていたこと、右業務用天幕には当時八名が就寝していたが、大麦山中腹約31.6メートルの高さから岩石(重さ二トン、六〇センチメートル×八〇センチメートル×七〇センチメートルの立方形のもの)が多少の小石を伴なつて一個崩落して来て、山腹と国道でバウンドしたうえ、右業務用天幕に飛込み、亡行男の頭部を強打した他、隣りにいた者にも軽傷を与えた後、更に七メートルころがつて停止したこと、昭和五〇年四月頃本件事故現場付近の大麦山から落石(その量、幅およそ六メートル、縦に2.3メートル)があり、その後本件落石のあつた山腹に砂防工事が実施されていることの各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、国は、一般的に国家公務員に対し、その遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているから、本件において国が右安全配慮義務を尽したか否かについて検討する。

前記認定の事実によれば、第三〇二通信教育中隊では、本件野外訓練場に大麦広場を選定するに際し、同中隊運用訓練幹部が現地を調査し、次いで野外訓練実施部隊長も事前に同地に赴いてはいるが、その調査は、現地で付近の状況を観察し、同地の管理事務所で事情を聴取したという程度である。確かに前記認定のとおり、大麦広場は一般に開放されている場所であり、大麦山には具体的に差し迫つた落石の危険を推知せしめるような徴候はなかつたと認められるので、広場の使用の態様いかんによつては右の程度の調査でも十分と考えられるが、もともと大麦山は道路脇のかなり急勾配の山で、その東裾は山を削り3.9米の石垣を積んで道路をつけたものであり、落石の心配のないような山ではなかつた上に、当時は降雨量がさほど多くなかつたとはいえ梅雨のため地盤がゆるんでいたと推認しうる時期であり、しかもその山麓で野営をしようとする以上、前認定のような簡単な調査をしただけでは安全管理上の注意義務を尽したとは言えない。本件においては、道路面から山膚を見にくい状況にあるので、山の表面部の状況を調査するためには(本件の岩石は、土砂を伴つて崩落した訳でなく、その相当部分は地表に露顕していたと推定できる。)、大麦広場側斜面を現実に踏査するか、樹木下草の繁茂のためそれが困難であつたとすれば、山の勾配の程度、当時は梅雨明け直後で訓練当日およびその前数日間においても降雨があつたこと等から、少くとも落石の危険を避けて天幕の展張位置をもつと小河内貯水池側に寄せる等の措置を講ずべきであつたものと言わざるをえない。そうであれば、その余の点につき判断するまでもなく被告は安全配慮義務を怠つたと言うべきである。

三請求原因3について判断する。

同3(一)のうち、亡行男の入隊年月日、事故時の階級、年令、生年月日およびその当時の収入は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、亡行男は高校を卒業し、自ら進んで自衛隊に入隊し、将来の希望としては自衛隊で技術を身に付け、ある程度の期間勤務した後退職して民間会社に就職するつもりであつたことが認められる。ところで、亡行男は本件事故当時満二〇歳であり、自衛隊に入つて四箇月余しか経過しておらず、同人の将来の転職の希望等も併せ考えると、到底その将来を予測することは不可能であつて、この時点で将来にわたる同人の職業を自衛隊員として固定し、その昇給昇格をも見込んだうえ同人の給与、退職金の逸失利益を算定することは相当ではなく、むしろ、その方法としては労働省統計情報部作成「賃金センサス」(企業規模計、旧中、新高卒)を使用し、給与についての逸失利益を認める方が妥当である。(なお、賃金センサスは当裁判所に顕著な事実である。)そこで、亡行男の収入については、昭和四一年分は自衛隊員としての給与を基準にするが、昭和四二年から同四五年までは昭和四二年センサス(企業規模計、旧中、新高卒、二〇歳から二四歳欄)を、昭和四六年、四七年は昭和四六年センサス(前同様、二五歳から二九歳欄)を昭和四八年から同八八年(満六七歳)までは昭和四八年センサス(<証拠>、前同様、全年令平均欄)を用い、控除すべき同人の生活費を五割とし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ係数を用いて行うと、同人の逸失利益は金一〇九六万九〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)となる。

同3(二)について判断するに前記認定の本件事故の発生日時、態様および亡行男の年令等諸般の事情を考慮し、亡行男の死亡による精神的苦痛を慰藉するには金一五〇万円が相当である。

同3(三)について判断するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、亡行男の葬儀費用として金一〇万円弱、同人の墓石代として金三六万円の計四六万円弱の出捐をしたことが認められるが、亡行男の死亡日時、死亡時の年令地位等を考慮して金五万円が亡行男の死亡により被つた原告の損害というべきである。原告は契約当事者ではなく、葬儀費用は原告の被つた損害であるが、右葬儀費用は亡行男のために支出したものであり、亡行男の被つた損害と同視すべきものであるので、これを被告の債務不履行に基づく損害の中に含ませるのを相当と考える(後述の弁護士費用も同様である。)。

同3(四)について判断するに、原告が亡行男の父であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、亡行男は独身であり、亡行男の母は本件事故前である昭和三九年に死亡しているので、原告が亡行男の唯一の相続人である。そうすると原告が被告に請求できるのは金一二五一万九〇〇〇円となる。

同3(五)について判断するに、原告が被告から遺族補償一時金として金六六万五〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。また、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、被告主張の葬祭一時金として金三万九九〇〇円の金員を原告が別途受領していることが認められる。そうすると、右各金員を控除(右葬祭一時金は、請求しうる前記葬儀費用に充当)すれば原告の損害は金一一八一万四一〇〇円となる。

同3(六)について判断するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は本訴の追行を原告訴訟代理人に委任したことが認められ、原告の相続した亡行男の損害賠償請求権の実現のため必要な費用であるので、事件の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して金一〇〇万円を損害と認めるのが相当である。

四よつて、原告の被告に対する請求は金一二八一万四一〇〇円、および右金員に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年一〇月七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容することとし、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(山田二郎 矢崎秀一 有吉一郎)

別表

(1)〜(4)<略>

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